向かいの席に座っている哲朗くんは、テーブルの下を向いて、何やら難しい表情でメッセージを打っている。相手は浪川さんか、あるいは最近、距離を詰めてきている女流作家の先生か。将来性は私にはよく分からないが、家柄も性格もそんなに悪くない彼は、案外モテるらしい。

本人にその気はあまりなさそうなところが、かえってモテるのかもしれない。

「哲朗くんは、夏休みはどうするんだ?」

メッセージを打ち終えたところに、声をかけてみた。彼は苦笑いを浮かべて、「別に、仕事ですよ」と答えを濁した。

「せっかく彼女もできたんだ。海でも山でも行けば良いのに」

幸弘はお代わりのビールを選んでテーブルに戻ってきた。今度は黒いビールらしい。

「一人がアレなら、一輝くんと沙綾さんも呼んだら良い」

「山に行くんなら、香帆さんらに声をかけてバーベキューもできるんじゃないか?」

私の提案に、幸弘は珍しく同意して、「撮影チームの懇親会って形なら少しは援助できるかも」と付け加えた。

「みんなでバーベキューは楽しそうですね。でも、スケジュール調整が大変そうだな」

彼はそう呟くと、手元のビールを一口飲んだ。まだ苦味に慣れていないのか、喉越しの良さが分かっていないのか、小さな一口で少々顔を歪める。

「そう言う親父は、母さんと旅行なんだって?」

幸弘に話した記憶はなかったが、私が彼の顔を見つめていると、彼はスマホを握って、「母さんから聞いた」と言った。

「最後の家族旅行って、いつだっけ」

「アレだ、あの地域振興券の時に行った城崎温泉だ」

「そうだった、そうだった。カニもないのに夏場に行って、香織も真琴もブーブー文句言ってたっけ」

別に淡路島でも四国でも和歌山でも良かったけど、みんながあまり行かない方に行ったら、そこまで混雑しなかった代わりに喜ばれることもなかった、ちょっと悲しい思い出だ。

あれから幸弘は社会人になり、香りが高校生、真琴が中学生になり、家族揃って出かけることはなくなった。志津香と二人でちょこちょこ出かけることもあったけど、Gotoの時に出かけ損ねて以来、最近はご無沙汰している。

「お前のところも、そろそろ家族揃っての旅行は最後じゃないか?」

「陽菜の大学受験も考えると、確かにそろそろ最後だなぁ。今からじゃ夏は間に合わないし、秋か冬か」

幸弘はぶつぶつ呟きながら、一人の世界に入っていく。私は黙って話を聞いてくれていた哲朗くんに視線を向ける。

「お盆には、実家に帰るのかい?」

「わざわざ帰るってほどの距離でもないですけど」

「ーーお父さんの誕生日には、帰ってやってくれよ」

横から幸弘が割り込んで、熱のこもったメッセージをぶつける。

「ウチの大事な取引先だから、よろしく頼むよ」

「分かってますって」

幸弘は「分かっていればよろしい」とビールを呷った。今日は珍しく、早々に酔っ払っているらしい。私が「困ったもんだな」と哲朗くんに視線を送ると、彼は小さく頷いた。


久しぶりな気がする二人だけの夕食を終え、食卓で大河ドラマを見ながらビールを飲んでいる。志津香が贔屓にしている俳優が出ているというのに、彼女はまだテレビに背中を向けて、洗い物を片付けていた。

「もう直ぐ、出るんじゃないのか?」

私は、水の音に負けないよう大きめの声で言った。

「もう終わるから大丈夫。見逃したら、再放送でも見るわ」

洗い物ぐらい私にもできるのに、彼女はこちらを振り返ることもなく食器を洗い終えると、自分の手を洗い、タオルで手を拭いた。エプロンを外し、近くの椅子の背に引っ掛けながら、私の隣に座った。

「お前も飲むか?」

彼女は私のグラスをチラリと見て、首を横に振った。

「お昼も飲んだし」

「お茶は?」

志津香が小さく頷いたので、私は冷蔵庫から麦茶を取り出し、新しいグラスを出して注いだ。彼女はお茶で喉を潤すと、全身でテレビに向き合った。これ以上は、変に話しかけない方が良さそうだ。

私もテレビに視線を向けるが、彼女が見るからつけているだけで、話の流れや配役がよく分かっていない。妻の楽しい時間を邪魔しないよう、ひっそりと隣に座って、静かにグラスを傾ける。

今日は久しぶりに二人で電車に乗り、梅田まで出かけて帰ってきた。普段は子供らや孫がいるか、車で出かけることが多く、出先で一緒に飲酒する機会なんて滅多になかったが、今日はうめきた広場でやっていたキリンのフローズンビールを楽しんだ。

夜からの雨予報に備えて早々と切り上げてきたものの、屋外でビールを飲む妻を、もう少し見ていたかった気もする。もう一度強い雨が降れば、そのうち梅雨も明けて夏本番。今年の夏は彼女も連れ回して、外での飲食を楽しむのも悪くない。

私の視線を感じたのか、志津香がこちらをチラッと振り返り、「何?」と言った。私は「別に」と視線を逸らし、食卓の端に積み上げられたチラシの山に目を留めた。今日出掛けた時にもらってきたのか、旅行代理店のパンフレットがいくつか積み上げられている。目的地はそれぞれ、ハワイにニューカレドニアにモルディブ。それから、サイパンやグアム、ベトナムといった地域も混ざっている。

中は我々よりもグッと若い世代、ハネムーン向けらしいパッケージプラン、写真が載っていた。ハワイは我々もほぼ半世紀前に新婚旅行で訪れたけど、もう随分変わってしまっているようだ。

青い海や広い空の写真から顔を上げると、志津香がテレビを消して、こちらを見ていた。空になったグラスを持って、流しに運ぶ。私のグラスも一緒に片付けてくれた。

「旅行、行きたいのか?」

「そうねぇ。新婚旅行ぶりのハワイとか、『天国に一番近い島』のニューカレドニアとか、『深夜特急』をやってみる、とか」

志津香の思わぬ冒険心に内心驚いていると、彼女は「冗談、冗談」と大きな笑顔を咲かせた。

「あなたが免許返納する前に、車で温泉旅行ってところじゃない?」

「二人だけのドライブ旅行か」

「なんだか、終活っぽくなっちゃうけどーー」

志津香はそこで言葉を切ると、グラスをさっと洗って水切りカゴに伏せた。

最後のドライブ、意外とすぐだな……。


連休前日の株式会社Mサイズは、久々にのんびりムードが流れているようだった。年度末の繁忙期、地方選挙前後も忙しそうにしていたが、今日は割と緩い雰囲気がオフィスに漂っていた。

「親父もすっかり、そっちの一員だね」

幸弘は私が持ってきた袋の中を覗き込んだ。「どれが、どれだっけ」という息子に、一つ一つ説明してやる。「じゃあ、これにしよっかな」と、一番上の弁当を手に取った。

「哲朗くんと、浪川さんに先に選ばせてやれよ」

幸弘は私の前にどっかりと座り、割り箸の袋に手をかけていたが、「それは、そうだな」と手を止めた。彼が席を立ち、哲朗くんたちを呼びに行っているのを眺めていると、後ろから「私もいるんですけど」と香織に声を掛けられた。

「あ、すまん。3つしか持ってこんかった」

私の声が聞こえたらしく、向こうの方から哲朗くん、浪川さんの困惑する表情が見える。香織は「ごめんなさい、気にしないで」と二人に向けて言った。

「兄貴のを一口もらうわ」

幸弘は二人を連れてこちらに戻ってくると、香織に「相変わらず、食い意地張ってるよなぁ」と言った。香織は「あら、悪い? 味にうるさいシンママの意見も大切でしょ?」と切り返した。若人二人は慣れた様子で、私に「いいんですか?」と訊いた。

「好きなもの、といっても3種類しかないが、遠慮なく。アンケートも、よろしく」

幸弘が先に選んだハンバーグ弁当の外に、野菜がメインのヘルシー弁当、魚がドンと入ったシャケ弁当の3つから、浪川さんがシャケ、哲朗くんがヘルシー弁当を選んだ。

「哲朗くんが、ハンバーグでもいいんだぞ」

「いえいえ。野菜好きなんで」

哲朗くんは弁当を手に、浪川さんと並んで座る。蓋に貼ったQRコードにスマホをかざしながら、心底楽しそうに笑っている。

「あれが自然体っていうんだから、恐ろしいよなぁ」

幸弘もスマホにアンケートを表示しながら、ハンバーグに箸をつけた。香織も横からハンバーグを小さく切って口に運ぶ。一瞬目を丸くすると、その後はしっかり味わうように、ゆっくり咀嚼する。

「本当に、無理してないのか」

「執着しないというか、切り替えが早いのは、今の子っぽいけどね」

香織はスマホを何度かポチポチすると、「ごちそうさまでした」と割り箸を片付けに行く。

「臆病というか、要領がいいというか」

幸弘は一つ一つしっかり味を確かめながら、アンケートに回答していく。食べては応え、答えながら話す。消化には悪そうな気もする。アンケートの取り方は工夫の余地あり、か。

「でも、お父さんに反発する気概はあるのよね」

香織はお茶を入れて戻ってきた。哲朗くんたちの方を見ながら、お茶を啜る。

「要所要所で、結構頑固だし」

「こういう仕事には、必要だからね」

幸弘は、残りの漬物を摘みながら、ご飯を少しずつ口に放り込んでいく。

哲朗くんは、隣の瑞希さんと楽しそうに弁当を食べ進めている。彼らもそろそろ食べ切るようだ。

「あの若さで、か」

「そう。お父さんとか、兄貴とは比べ物にならない、いい男」

香織の言い方にカチンと来る部分も無くはないが、内容に異論はない。イマドキの若者も、悪くない。


浪川さんと陽菜の注文をカウンターまで受け取りに行って席に戻ると、浪川さんと談笑していたはずの陽菜は、横に置いていた参考書を開いて勉強を再開した。勉強の邪魔にならない場所へ彼女の分を置き、浪川さんにもドリンクを差し出した。中身は確か、私には名前もよくわからない、期間限定の冷たいドリンク。

「すみません。奢ってもらっちゃって」

浪川さんは申し訳なさそうに手を出して、ドリンクを受け取った。今日は珍しくスポーティな装いで、ちんまりと座っている様子が非常に可愛らしい。

「いえいえ、お気になさらず。娘さんに奢るのは、ジジイの数少ない楽しみですから」

「じゃあ、遠慮なく」

彼女は太めのストローをくわえ、勢いよく吸い込んだ。陽菜は浪川さんに少し遅れて、自分のドリンクを飲む。すぐに視線を手元に落とし、勢いよくペンを動かしていく。

「寄り道までお付き合いしてもらって、本当にありがとうございます」

浪川さんは座ったまま深々と頭を下げた。

「いえいえ。孫娘のワガママついでですから」

陽菜の向かい、私の隣の席に置いてあるユニクロの大きな袋をチラリと見やった。なんとか自立している袋の下に、もう一回り小さめの袋も隠れている。

浪川さんと、今日のできごとを話していると、胸ポケットに入れたスマホが振るえた。「もうすぐ着く」と、幸弘からのメッセージが届いていた。頭頂部しか見えない陽菜に、「お父さん、もうすぐ来るって」と言ったのに、彼女はうんともすんとも言わず、ペンを動かす速度を微塵も変えずに勉強を続けている。

「浪川さんは、どうされます?」

陽菜はこの後、幸弘が迎えに来て、ここで食事するなり、車に乗ってそのまま帰路に着くなりするのだろうけど、この後の浪川さんは予定を聞いていない。彼女は再び申し訳なさそうに、「すみません。お心遣い、ありがとうございます」と言った。

「適当に本屋でも見て、歩いて帰ります」

「良ければ、送りますけど」

まだまだ明るい時間帯だし、そこまで治安が悪いとは思わないが、一人でほっぽって帰るのは気が引ける。浪川さんには「いえいえ。どうしてもって時は、兄でも呼びますから」と丁寧に断られた。

「そういえば、この間の攻略本、役に立ってますか?」

彼女は、年始にここの書店でやり取りしたことを思い出したらしい。楽しげな声にこちらも心踊らせながらいい返事をしたかったのだが、移り気な智希は攻略本どころか、ゲームそのものの話すら、最近は聞かせてくれない。もっぱら、部活のテニスと犬の話題ばっかりだ。

「それが、残念なことに飽きちゃったみたいで」

「そうですか……。もう、3ヵ月ですもんね。仕方ないなぁ」

浪川さんは遠くを見ながら、ゆっくりとドリンクを飲んだ。彼女がどこを見ているのか視線を追いかけていると、彼女は「あ」と声を上げた。浪川さんはテーブルを軽く指で叩き、隣の陽菜に「お父さん、来たよ」と合図した。陽菜は面倒くさそうに顔を上げ、店外の駐車場からゆっくり近づいてくる幸弘の方を見た。


はじめに

メイキングを含めた映像が話題になったポカリスエットの新CM。そのCMに使われているA_oの「BLUE SOULS」をYoutubeでリピートしているうちに、かつて読んだ本、書いたブログを思い出して、新しく考えたことを書き殴りたいと思ってしまったので、今回も好き勝手に書いてみる。

ポカリスエットの2021新CMソングが、めちゃくちゃいい

公式のMVにズドンとやられた。

気の利いたブログなら、ここでYoutubeのプレイヤーを埋め込んで「お聞きください」とやるところなんだろうけど、このブログはそういうサービスは基本的にやらない、埋め込むための用意していないので、リンクだけ貼っておくので、気になった方は是非そちらでご覧ください。

A_o — BLUE SOULS (Music Video)(Youtube上のMVを開きます)

こねくり回したPV、MVが多いご時世に、シンプルな素材でちょっぴりハスキーな声で、非常によく練られた詩を届けてくれる。その「青さ」や「(青春の)儚さ」をギュッと詰め込んだ90秒弱。これからフル尺が出てくるのかもしれないけど、この短さは短さで、またいい味になっている。

「青」といえば、「隔たりの青」

手が届かない理想の色、憧れを表す色

自分と対象物との間にある、空気の色、空の色。手を届かせることができないという意味では、「かつての日々」、「あの頃」もこれから追い求める理想や、憧れの世界と同様に「隔たり」の向こうにある事象。手が届く範囲でギュッと握っていられるのは現実であり、今という瞬間であり、身体の中を流れる赤い血潮なんだけれども、心の中を埋め尽くしているのはもしかしたら、空や海のようなどこまでも広がる青なのかもしれない、そんな風に想いを馳せさせてくれる。

未熟さや可能性を含むミドリも、日本人は青に含めた

夜の空、黒をだんだん薄めて行った色でもある

greenを青二才的なニュアンス、新人や新芽のイメージを込めるのは日本語に限らないのかもしれないけど、日本語の「青」は指し示す範囲はとても広い。過ぎ去りし未熟な日々も「青」のイメージで語れるし、これからの期待を込めた「青」に「憧れ」や「隔たり」のニュアンスも載せることができる。その青の果て、どんどん濃くなって行った先、紺色を経て暗くなっていくと、「黒」、夜や死のイメージ、完成のニュアンスが待っている。

「赤」が「明るい」から来ているのなら、色合いのルーツとしては恐らく光の色。もっと言えば「白」だろう。純白のイメージ、これからスタートするニュアンスもこもっていそうな「白」から、情熱的な赤、実際に身体の中を駆け巡る血液、酸化鉄の色である赤が来る。でも、赤だけでは生きていけなくて、青だけだといつか死に至ってしまう。白と黒、赤と青。その間を上手にバランスをとりながら最後の瞬間まで駆け抜けていく。そう思うと、「青」というか、「BLUE SOULS」の歌詞、ポカリスエットの新CMが一段深く見えてくるような気がする。もちろん、ただの個人の感想なんだけど。

心のうちには、「青」がある

今までもコレカラも、未熟も憧れも「隔たりの青」の中

過ぎ去りし日々も、これからやってくる未来も、どちらも等しく「青」に染まっている、青の向こう側に待っている。今まで積み重ねてきた「コレまで」の青があり、コレから目指したい理想、追い求めたい憧れの世界である「青」があり。肉体的な原動力や燃料は赤でも、精神的な原動力、コレから生きていくための経験値は青なんだろう。

赤があるから、青がある。青があるから、赤がある。「手が届かない」、「今じゃない」なら、ほとんど「青」。青とか春、青春が魅力的で、時々ズドンと突き刺さるのはその辺りがあるのかも。本当に、青ってすごいし、魅力的。そんなことを考えるきっかけをくれたA_oも「BLUE SOULS」も、ポカリスエットの新CMも、本当に最高。

MVが非常に良かったので、最後にもう一回リンクを貼って終わっておきます。
A_o — BLUE SOULS (Music Video)(Youtube上のMVを開きます)


学問に励む若人、仕事に精を出す現役の皆さん、子育てに全力を尽くしている若い夫婦を眺めながら、昼日中から飲むビールは非常に旨い。ビアガーデンが本格化するにはまだ少し早い季節だけれども、日差しの強さだけは早々に初夏を思わせる。

頬を撫でる風に春っぽさを感じながら、もう一口ビールを飲んだ。

「いやぁ、郁美さんは残念でしたね」

私の前で小さめのランチビールを楽しんでいる香帆さんに笑いかけた。

「仕方ないですよ。お仕事ですから」

彼女は口に手を添えながら、ランチメニューのお肉を頬張った。しっかり味わって食べる様は、非常に可愛らしく見える。先日の現場で見せた真剣でカッコ良さすら感じさせた人と、同一人物とはにわかには信じ難かった。

今日は不在の郁美さんも、非常にカッコいい仕事ぶりだった。彼女は普段から男勝りな勝気な人だったけど、厨房に並び立っていた香帆さんも、郁美さんの相棒として一切引けを取らない逞しさを見せていた。

「旦那さんは良かったんですか?」

香帆さんは頷いて、「そちらの奥様と一緒です」と切り返した。声をかけるだけかけたけど、相手が誰と何をするかにはさほど興味がない、らしい。志津香は今頃、お友達と共に美味しいランチを食べていることだろう。

そう思ったら、もう2、3杯はビールを飲んだって許されそうな気がする。グラスを空けた香帆さんにも、お代わりを勧めてみる。

「じゃあ、折角なんで」

「さすが香帆さん。そうこなくっちゃ」

ウェイターを呼んで、二人分のお代わりを注文する。ビアカクテルも興味はあるが、エビスの変わり種を頼むぐらいが丁度いい。ウェイターは注文を確認すると、空いたグラスと皿を持って厨房の方へ歩いて行った。

「あら」

香帆さんはお店の外を見て声を上げた。視線の先には、お友達と連れ立って校舎の方へ歩く哲朗くんがいた。ややあって、彼もこちらの視線に気がついたらしく、顔を上げて軽く会釈した。

「こうやって見ると、彼もまだまだ若く見えますね」

香帆さんは、テーブルに運ばれてきたビールを受け取り、一口飲んだ。

「利発で仕事もできて、立派な青年ですよ。本当に」

あれで性格の一つでも悪ければ難癖も付けられたのに、温厚な好青年というのができ過ぎな気もする。息子の下で仕事をするにはもったいない人材にも思えるが、何故か彼は幸弘をとても慕ってくれている。

ビールを一口飲んで、喉を湿らせる。「コハク」の濃さを味わいながら、言葉を組み立てる。

「香帆さんは、私の息子をご存知でしたよね? 私の愚息と彼、似てると思いません?」

香帆さんは「う〜ん」と小さく唸りながら、少し上を見て考える。ちょっぴり遠くの哲朗くんを何度か見て、しばらく間を置いたのちに口を開いた。

「ザックリ分類すれば、顔立ちは同系統な気はしますけど、雰囲気というか、空気感は全然違いますよね」

「親子には見えない?」

「そこまでマジマジとは見てませんけど、他人の空似じゃないですか? 鼻とか目元とか、結構違うような……」

香帆さんに言われた通りに、哲朗くんと幸弘とを比べると、確かに造作の差異はそれなりにあるような気もする。ということは、

「私が考え過ぎ?」

「だと思います。あくまでも、私は、ですけど」

香帆さんは口元に笑みを浮かべながら、グラスを傾けた。第三者から見てもそう思うなら、そうなんだろう。脳裏の悩みを片隅に追いやって、ゆっくりビールを飲んだ。さっきより幾分も豊かな香りと味わいが広がって、私は幸せな気分に包まれた。


昼過ぎには止みそうだった雨は結局、夕方まで降り続いている。雨脚は弱まっているが、両手をポケットに突っ込んで、傘を広げずに「濡れて参ろう」と歩く気にはならない。

アーケードのある商店街を通り、阪急の駅に直結しているソシオを抜け、改札の前までやってきた。間も無く、18時。学生も社会人も、まだそれほど多くはない。

「新田さんは、直帰でしたっけ」

少し先を歩いていた浪川一輝くんが、券売機の前から戻ってきた。私の隣に立つ元娘婿、新田慎一郎くんは頷いた。

「武藤さんは、」

「私はちょっと寄り道して帰るよ。駅ナカでよかったら、一輝くんもどうだ?」

お猪口を傾ける仕草をしてみるものの、一輝くんはちょっぴり申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「お気持ちはありがたいんですが、ちょっとだけ仕事が残ってて」

立ち話に花を咲かせていると、梅田行きの電車が入ってくるアナウンスが聞こえてきた。一輝くんは少々慌てて、「また今度、行きましょう」と言い残して改札内へ入って行った。ホームへのエスカレーターに乗るまで、何度かこちらを振り返って挨拶してくれる。その姿が見えなくなるまで、しっかり見送り、今度は慎一郎くんの方を見た。彼は微妙な緊張感を残したまま、私が次に何をやるか、気にしているようだ。

「直帰なら、君も同じ電車でよかったんじゃないか?」

「その通りなんですけど、一服してから帰ろうかな、と」

一杯引っかけて、にはならないらしい。

「キミと行った喫茶店なら、もう無いぞ」

「そうらしいですね。この間、近くまで行ってビックリしました」

慎一郎くんは落ち着いた表情で、穏やかに言った。彼は親指を立てて、背後の喫茶店を指した。

「とりあえず、アソコにします?」

「ああ、いや、私は私で、適当に一杯引っかけてから帰るさ」

「そうですか……」

彼は一瞬腕を組むと、肘の辺りを指先で軽く叩いた。腕組みを解くと、「じゃあ、ここで失礼します」と軽く頭を下げた。慎一郎くんは「お気を付けて」と言い残し、改札の向かいにある喫茶店へ入って行った。

彼が改札の前を離れると、徐々に人の往来が激しくなってくる。後ろ髪を引かれる思いで後ろ姿を見送っていたが、早々に切り上げて駅の南側へ向かう。2階の突き当たりにある中華屋か、その手前辺りにある串揚げ、隣のニューミュンヘンにでも行けば、傘を気にすることなく飲んで帰れる。

改札を避けて奥へ進み、南側の改札前を通り抜け、市立ギャラリーの横を進む。水曜日だからか、18時過ぎの駅ナカでも、人通りが若干少ない気がする。JRの方に向かっていれば、選択肢はもっと少なかっただろう。

洋菓子の焼ける甘い匂い、ラーメン屋のスープの匂いに、パスタ屋のニンニク臭。魚の匂いも心惹かれるが、「いちご大福」の文字も捨てがたい。一杯引っかけて帰るのを辞めて、和菓子のお土産を買って、まっすぐ帰ろうか。

桜餅と花見団子も旨そうだ。2つずつと手提げ袋を買い、小銭を一枚ずつ数えながら、志津香の表情を脳裏に思い描いた。


はじめに

【ネタバレ注意】のサムネを使いながら、殆どネタバレしてない(はずの)感想をまとめてから、そろそろ一週間。ネタバレありで「個人的にはこう考えている」もまとめておかないとスッキリしない気もするので、『仕事の流儀』も見たし、自分なりの考えを改めて書いてみる。

※本編の内容に触れています

まだ観ていない方、これから劇場で観る予定の方はご注意ください!

と、一応初めてはみるものの、おそらく本作に関しては「ネタバレ」や「ストーリー自体の考察」は、あまり意味を持たない気がする。後者に関しては、テレビアニメ版の25、26話と同様に「コレはフィクション、お芝居です」というのを明確に打ちかましていたし、「裏宇宙」以降の展開からしても、細かい描写を追いかけること、整合性を取ろうと考察することがナンセンス、大した意味を持ちそうにない、というのを向こうから示している。

よって、マリの正体だの、補完計画やゲンドウの目的、冬月とユイの人物像等々は、庵野秀明的にはどうだっていい、受け取る側、二次創作する側が「好きにしろ」ってことなんだろうなぁ、と。

「ネタバレ」が意味をあまり持たない気がするのは、上記のような理由から、「謎解き」や「ストーリー展開の結末」が気になる人へ向けた物にはあまりなっていないから、だろうか。公式のスポットCMで「田植え」がネタバレとして盛り上がりのピークだったのも、「ネタバレ」系のコンテンツが求められていない、求めている層にインフルエンサーな受け取り手が少ない、ということだろうか。ネタバレのバリューが非常に低い。

もう一つは、本作が「完結」に重きが置かれていることも、「ネタバレ」が重視されない理由かな。前段の『Q』で思いっきり振り回してしまった(上に、今作も総監督自身もスタッフも振り回しまくった)のもあって、「ファンが望んだ決着」や「ファンが見たかったであろうシーン」が序盤から中盤にかけて詰め込まれていたように思える。『Q』から引きずっていた「引っかかること」にも一応答えが用意されていたし、今作で「(庵野の)エヴァが完結する」ってところが、最重要なポイント。だから、一部を切り取ってネタバレしたところで、インパクトとしては薄くなってしまう。

結局、劇場に行ってまで観たい人は、ネタバレがあろうがなかろうが観に行くし、それぐらい強度の強いファンは基本的にネタバレする意味がないことも分かっていて、その「ファンサ」にガツンとやられて、2時間34分も劇場で最後まで見るというのも相まって、「観に行く」こと自体がお別れの儀式、大事な行事になっている。

ある意味、観てきた人たちにとっても、「お話の中身」や「展開そのもの」はどうでも良かったのかもしれない。そういう意味合いでも、『Q』があることで完全な耐性がついてしまった、ような気がする。「『Q』はいらない子」みたいなのもチラホラ見るけど、『Q』であそこまでやったから、完結篇で色々入れるだけの意味もできたし、「『Q』までの話」も仕込むことができたし、『Q』がなきゃ『シン』にはなってないし、『Q』で更に観る側が訓練されたおかげで、『シン』ぐらいの振り幅では「終わること」に集中できた、ような気もする。だから、『Q』は必要。難解だというのは自分もよく分かる。

「庵野座」の「エヴァンゲリオン」はもう作られない

結局はテレビアニメ版25話、26話へ帰って行った

「エヴァンゲリオン」の物語としての決着がつきそうなところから、25、26話でも入っていた「お芝居でした」なシーン(の、どちらかというと舞台装置側)が入ってくる。書き割りの背景があり、円谷プロっぽい特撮用の屋内スタジオもあり、シンジが一人一人の共演者に「オールアップです」と花束を渡すような話も入れて、「お芝居でした」なところにも「終わり」をもたらしていく。

順番に舞台装置が分解され、大掛かりな美術品、セットが解体されて搬出されていく。段々小物が残っていって、それすらも最終的には全部返却、スタジオは原状回復してキャラクターは全員、あのスタジオを後にする。全部、シンジに送り出され、最後はシンジも両親に追い出される。

アレをやられてしまうと、「エヴァ」は完全に終わり、少なくとも庵野秀明総監督による大掛かりな映像作品としての「エヴァンゲリオン」は、もう二度と作られない。初号機のスーツは保管されても腐食が激しくてボロボロになって行ったり、弐号機やマリの乗機はどんどん改造されて「現存してません」になるし。次を作っていくために資材はバラされ、セットは解体され、演者は打ち上げを経て各々の世界へ帰っていく。

宇部新川での最後のシーン、マリとシンジ以外は、きっと東京へ帰って行って次の仕事に入るのだろう。そしてきっと、全員があそこに集うことは一生ない。祭りが終わった後のグダグダしてしまう空気感、打ち上げ終わりの帰りたくない感もあそこで醸し出されていて、それらも相まって物凄く哀しい気持ちが込み上げてくるよね。

最後の2時間34分、それなりに長かったはずなのに『One Last Kiss』が聞こえてくると「え、もう終わっちゃう? お別れなん?」がブワッとこみ上げてきて、「もう二度と会えない」気持ちというか、「共に過ごした日々が去っていく」悲しさみたいなものも相まって、とてつもない喪失感があったのは今も何となく覚えてるな……。

何でマリだったのか

マリアだったこととかは、他の解説、考察ブログに任せる

ここで言及できそうなのは、マリは、安野モヨコ+宇多田ヒカルじゃないか、ぐらい。新劇場版でも『序』からは登場せず、『破』から物語へパラシュートで乱入してくるところから行くと、テレビアニメ版や旧劇の時にはなかった要素、エヴァを立ち上げた時には想定していなかった「外部からの異物」で結末に影響するような要素となると、まずは安野モヨコだろう。

安野モヨコを「自分より一歩先を行っている女性クリエイター」と見立てるなら、「宇多田ヒカル」も重なってくる。ゲンドウもシンジも、というか全ての登場人物、要素も結局は庵野秀明の一部なんだけど、ゲンドウが「かつての庵野秀明」ならユイは「かつての庵野秀明を支えた何か」で、シンジは「ゲンドウとは違う、何かを得た庵野秀明」で、クリエイターとして一皮向けた庵野秀明とともに現実の世界へ踏み出していくのは、やはり「(庵野秀明より)先の領域にたどり着いている女性クリエイター」だろうから、マリはモヨコ+ヒカルなんだろう。

他のキャラクターではダメだったのか?

友達の妹、鈴原サクラを選ぶ甲斐性は、シンジにはない

綾波はどこまで行っても舞台装置というか、スポンサーサイド、視聴者にとって都合の良いお人形さん、一種のデウス・エクス・マキナであって、物語の外まで連れて行けるようなキャラじゃない。アスカも、式波の方は綾波と同じだろう。最後のアスカは、式波じゃなくて、惣流の方のアスカだろうな。大人、パパを求めていたアスカはああいう決着になった、と。

『One Last Kiss』で思い出すのは「大人のキスをしよう」と言ってたミサトさん。旧劇と違うのは、中二が欲情する対象の「年上のお姉さん」ではなくなったこと。完全に「母」となってしまったミサトさんも、成長したシンジとともに次の世界を生きていく候補にはならないだろう。

シンジのキャラクター的には、友達の妹と連れ合いになる路線は考えにくい。よって、マリの方のきっかけが希薄すぎる気もするけど、旧劇からのキャストに混ざってフィクションの世界に留まり続ける「あっちの路線」を利用したくても拒絶されてしまいそうだし、どうしてもあの二人でエヴァの外へ出ていくしかない。

マリ=島本和彦説もあるようだけど、「かつての庵野秀明」と共にいた冬月コウゾウの方がしっくり来るかな。庵野秀明を導いたクリエイターの先人たちと混ぜ合わさって、ああなってる気がする。

「エヴァに乗る」は、創作活動の隠喩?

完全なアマチュアだった庵野 vs 食っていく肚を決めた庵野

ゲンドウを「かつての庵野」、シンジを「今の庵野」と見立てたら、「エヴァ」が壮大なアマチュアリズムにも見えてくる。仲間と同人活動を一所懸命やってた「かつての庵野」と、自分が代表を務める法人の代表をやりながら、幅広くいろんな作品を商業的に成功させている「今の庵野」。その違いは「食えるか否か」とその辺りに対するクリエイターとしての覚悟というか、社会人としての誠実さと必死さ、商売っけみたいなもんだろうか。

SF研とか漫研みたいなサークルで、ただひたすら自分たちの楽しみのために、自分たちが面白いと思うものを追求していく。それが誰に評価されるとか、売れるか否かなんて関係なく、兎にも角にも独りよがりでもいいから楽しくやっていた頃の感動や興奮が、ゲンドウが「もう一度会いたい」と願ったユイ。その時の経験や喜びはきちんとシンジやエヴァの中にも込められていて、「最初からそこにいたんだ」となるし、「独り善がりな自分」にサヨナラするために、「神なんていらない。意思の槍があればいい」と「あの時の愉しさ」に包んでもらって葬り去る。

『シン』はそういう、庵野秀明の個人的な儀式もちゃんと見守ってあげる、そんな映画だったんじゃない?

「エヴァに乗れ」るのは、身も心も厨二な人だけ?

アマチュア一辺倒を脱したら、エヴァに乗らなくても創作ができるのか

使徒のATフィールド、強烈な拒絶は、既に作家として食える人たちに向けた、強烈なアンチだったり、「俺はこれが絶対に面白いと思う」という主張だったり? 純粋無垢で童心めいた創作意欲が使徒で、それに「食うための商品化」だったり、「商業作家として認められた地位」だったり、「世間的に評価された作品」というレッテルなんかを乗っけたのがエヴァ?

ネルフはテレビアニメ版の頃の製作体制だったり、学生時代のサークルなんかの隠喩で、ゼーレは旧劇まではアニメ版の製作委員会なりスポンサーで、新劇場版の場合は庵野さんの会社へ出資してる人たち、事業計画を承認した人たちの隠喩なんだろうね。『序』と『破』で必要な資金を稼いだから、『Q』では役割を終えた、と。

クリエイターとしていかに食っていくか、商業作家として生きていく厳しさ、その上で、作品作りとしてはアマチュアリズムの極地を目指す。そういうスタイルが、SF大会的なサブカルの世界、コミケ的な二次創作の世界と非常に親和性が高くて、「オリジナルにはなれない」世代からの共感なんかも密かにあったんじゃないだろうか。

ゲンドウがシンジに「エヴァに乗れ」というのは、創作に勤しめという意味合いにも思えるし、何らかの表現活動をする人は目立つし、何か成し遂げたら批判の的にもなるし、使徒と戦うのはやっぱり怖いし。インフィニティのなり損ないでも動き続けるのは、自分のようなクリエイターだけでは食っていけない人たちの執念、を現しているような気もしてくる。

書物だけじゃなくて、広い世界に出ていこう

アマチュアリズムの極地もやりつつ、自分の外で物作りせよ?

エヴァンゲリオンに限らず、様々なメガヒットを飛ばしている庵野秀明総監督だけれども、作ったら見ないで次を作る辺り、クリエイターとしてはとことんアマチュア、作るのが楽しいのであって、売れるかどうかは経営者としては興味や不安があったとしても、とにかく次を用意しなきゃとなるんだろう。

『シン』の作り方を見たって、どこまで行っても創作自体はアマチュアリズムの究極系。「自分たちが面白いもの」をとことん追求する。そこに緩みやたるみ、言い訳が介入する余地はない。「自分がやるって言ったんだからやれ」って世界。ハードルが高くて挑戦する楽しさもある反面、めちゃくちゃシビアでひりつくやり方。

商業的、市場主義的な物差し、価値観はほとんどなくて、「面白さ」を本気でぶつけ合って、自分の限界値、想像可能な領域の外側を掴み取ろうとしている。そんな姿も、『仕事の流儀』で見せてもらうことができた。でも、あれはやっぱり仕事じゃなくて趣味や遊びの延長線上だろうから、『仕事の流儀』やら『プロフェッショナル』やらで取り上げるのは、そもそも間違い。エヴァが一種の学芸祭、お祭りの出し物であると見抜けなかった辺り、NHKもまだまだだな。

宮崎駿や富野由悠季といった上の世代がいて、前者はアート寄りだけれども商業的なポイントを多少は掴んでいるし、後者は後者でスポンサーの顔も立てながらきっちり仕事するし。その上の世代には、トキワ荘的な方々がいて、更にその先輩という流れも当然ある。そんな人たちを目の当たりにしながら、「自分たちが面白いと思うもの」をどれだけやっても「神の二番煎じ」にはなってしまう。その「神はいらない」と言いたくても、自分が次の神に祭り上げられる。

そんな庵野もすっかり60歳。次に続く世代がきちんとオリジナリティを追求できるのか、そもそも映画業界、アニメ業界、特撮業界が元気を取り戻せるのか、今後も続くのかも心配していそうなメッセージも込められているような気がする。結局は、富野ガンダムな「外へ出ろ、外と交われ」だったのは面白い。

創作活動を通じて、自分たちが面白いと思うことをやり続ける、自分たちが面白いと思うものを追求し続けたいなら、やり方は大きく変えすぎず、自分の外に働きかける。書物でもいいし、創作仲間でもいいから、交流する、やりとりする。それがヒントなんだってのを、アマチュアの偉大なる狂人として示してくれた。それが、この『シン・エヴァンゲリオン』、そして例の『仕事の流儀』なんじゃないかと今は思う。

作品の外はプロ、作品の中はアマチュア。その両立を改めて目指さねば。


はじめに

先週公開された『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を観てきたので、ネタバレを極力避けながら、思いつくまま感想を吐き出してみる。読ませるためのものというよりは、自分がスッキリするためのものだというのと、念のため、ネタバレ注意というのを記しておく。

「25年」という歳月を抜きに語れない

「シン・エヴァ」を語るときに、自分語りから入るのは仕方ない

シン・エヴァの感想は、「観てきました」タイプと「初めてエヴァを見たのは」みたいなタイプに大別されるらしく、前者はアメブロ系、後者はnoteやら個人ブログに多いようだ。かくいう本記事も、後者のタイプで組み立てる予定だが、自分語りから始まってしまうのは無理もない。なぜなら、「25年経った」や「25年見てた」がギュッと詰まった中身だったから。

それぞれの「25年」、それぞれのエヴァへの想い、庵野監督への想い、関係性。そういうものにある種の区切りをつける、きちんと「思い出」として仕舞ってあげる。卒業式での離別にも似た、惜別の念。宇多田ヒカルのエンディング曲『One Last Kiss』の前奏が流れてくると、一気に「あ、終わってしまう」という想い、哀しさが込み上げてきて、そのまま涙として流れ出す。スタッフクレジットが流れてくる頃まで寂しい想い、さようならという感覚が強かった。

こうなると、本作の感想を書くにあたり、テレビアニメ版をリアルタイムで見ていた人達や、再放送で「なんじゃこれは」と思いながら最終回を見てきた、「その手」の人たちはどうしたって「25年前」や「25年間の日々」を語らざるを得ない。その傍にいた、どこか未完っぽさがあった作品が見事に完結するのを見届けたなら、喪失感のセルフケアも兼ねて大切に綴りたくなる。その気持ちは、よ〜く分かると思うから、その手の感想を見かけたら、本記事以外は暖かく見守ってあげていただきたい。

「25年」経って、どうなった?

庵野監督も、愛妻家のジジイに

テレビアニメ版は、シンジの方に監督の投影が強く出てるんだろうなと思ってたけど、今作は間違いなく、シンジもゲンドウも、どっちも庵野監督なんだろうなと、それが見てから最初に感じた変化かな? ご自身が育ってきた家庭環境と、今の家族も作品に強く影響していて、「女性(特に、妻、母)の描き方」がだいぶ変化してたかな。安野モヨコへの愛、感謝や尊敬の念みたいなのも散りばめられていたような気もする。

そういう自分は、本放送当時前後はギリギリ「普通の家庭」だった時期で、実父と一つ屋根の下に暮らしていた最後の時期でもあるかな? まだまだ思春期には少し早い小2とか小3とか。リアルタイムで最後まで見たような気もするし、途中で見なくなった気もする。その後、いわゆるエディプスコンプレックス的な、「父子対決」はすることなく、思春期の頃には最初から勝負を諦めるしかなかった若い養父になっていた。

まぁ、もうその人はただの「母の連れ合い」で赤の他人、対決したり和解したりする必要も微塵もないと思ってるけど、実父とちゃんとしゃべれてた方か、会話できていた方かというと、それはそれで怪しい。結局、経緯はどうあれ「父子」が希薄なまま大人になったのは事実だろう。そのせいで、何かに困ったということもないのだけど、結果的に父とも母とも微妙に疎遠ではあるか。

金曜日のお昼過ぎに終わる回で、25年前には確実にいなかったであろうお子さんたちも、早めの春休みでお父さんと共に来ていたようだし、自分も世界線が少し違えばそういう未来もあったかなぁ、と卒業式をやっていた小学校の横を通って劇場まで出かけたな。

庵野監督は着実に立派なジジイになっていて、それを節々に感じさせる中身と流石の仕上がりになっていたので、そこは是非ご自身の目で確かめていただきたい。

メカと田植えと尻とグロ

「アニメ的にやっておきたいこと」もバリバリに詰め込まれていた

もう、新しいスポットCMでも情報が出ているから、「田植え」のシーンがあることには触れても大丈夫だろう。既に公開されている冒頭映像では、「いわゆるロボットアニメ」的な部分、「そうそう、エヴァはコレよ」なシーンも入っているし、ソフトなエログロも「サービス、サービスぅ」されているのは旧劇でもそうだったし、ネタバレってほどでもないでしょう。

素晴らしいのは、どのシーンも作画がメチャクチャいいってこと。(冒頭の部分で「おや?」なシーンはあった気もする)ぶっ飛んだ演出もチラホラあるけど、根幹には「美麗なアニメ」がどっしりあって、ごちゃ混ぜになりそうな中身であっても、それぞれのシーンできっちりクオリティが担保されているのも非常に良かった。これもやっぱり、「25年」と「アニメ」が詰まっている感じがあって、とってもいい。

なんとなく、背中や尻を見せられているシーンが多かった気もするけど、その辺の理由なんかは、誰かの解説、考察に書いてあるでしょう。

富野的な手法と宮崎流のミックス、アレンジ

ゴリゴリの円谷イズム、部分的には石ノ森な要素も飲み込みつつある

庵野監督はコレで「エヴァンゲリオン」という立派なIPを構築し、「アニメで食う」ということに対して、『ガンダム』の「宇宙世紀」的な世界観や、「ガンプラ」的なマネタイズに近い体制は作れただろう。今後は、監修に留まる形で「庵野じゃないエヴァ」が作られる可能性も十分にある。

一方で、クリエイターとしての師匠は間違いなく宮崎駿氏。今回も直接的なジブリとの協力はなかったようだけれども、庵野監督の下にジブリ的な能力がなければ、あの田園風景はそうそう描けまい。どちらか一方に偏っても良さそうなところを、しっかり「庵野カラー」は出しつつもミックスして、経営者として昇華しているところは非常に素晴らしい。

もともと、特撮が好きな人だから今更かもしれないけど、『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』を通じて、間違いなく円谷イズムの継承も行っているだろうし、そっち方面への横串、関係性構築も相当進めているように思える。今作も、アニメ業界に広く協力を募って作ってきているようにも思えるし、コンテンツ産業、映画産業、アニメ産業をより良い業界にして、「クリエイターが家庭で子供と向き合える時間を作ろう」やら、「もっと日本中のクリエイターを元気にしたい」なメッセージも込もっていたような気もする。

まだまだバンバン「エヴァンゲリオン」を作っていっても良さそうなのに、タイトルの「リピート」は終わりの方しかついていない。庵野監督としては、色んな「エヴァンゲリオン」が出てきたとしても、今作で「完全に終わり」というのを示しているから、そこはやはりちょっと寂しい気もする。

ただ、ちゃんとテレビアニメ版の最終回にも一種のアンサーが入っているから、そこはご安心を。旧劇とのつながりも、しっかり入ってた。

綾波は付喪神?

アスカの役割も、25年間というか、旧劇と新劇の間で変化した

コレは、ファンの人気的な物が影響した側面も大きいんだろう。綾波レイはアニメ界を代表するある種のお人形さん、アニメの語源、「アニマ」を象徴するような見事な付喪神の一種だけど、アスカも割と近い存在になっちゃったのかな? 詳細は語れないけども。

ただ、25年もあると、エヴァンゲリオンという作品そのものが、一種の付喪神になってるよね。だから、ちゃんと区切りをつける、ある種の供養をしてちゃんとしまっておいてあげる必要もある、と。取り扱いは丁寧にね。

「エヴァンゲリオン」=「フィクション」?

エヴァのパイロットが14歳なのは、文字通りの「中二病」か

「エヴァに乗る」はある種のフィクションに身を投じる、全力でその世界に楽しむというのも暗示していそうな気がする。ちょっぴり陰な人たちにとってのエヴァンゲリオン、福音書。でも、最後の最後はそういう世界から脱却して、リアルな世界と向き合え、歩み出していけというのは、富野由悠季っぽいメッセージよね。

ただ、「25年」をなかったことにはできないし、してほしいとも思っていなさそうだし、そこに対しては逆に「ありがとう」なニュアンスを、『One Last Kiss』の歌詞からも、本作の終わり方からも感じるような気はする。そこに対しては、こちらからも「ありがとう」と。

観る側も喪失感を抱いているし、作る側も喪失感、ある種の燃え尽きがあるだろう。忘れたくても、忘れられないほど。そういう、25年だったはず。

エヴァが必要のない世界、さようなら、ありがとうと言いつつも、まだまだコンテンツ産業のど真ん中で、色んな活躍を見せてくれるんだろう。庵野監督が次に何をやるのか、非常に楽しみでならない。そういう感想も今はある。

ただ、とにもかくにも、ありがとう。そして、お疲れ様でした。制作に関わったすべての人たちに、配給に関わったすべての方々に、「25年と、2時間34分観続けた」方々に、拍手を捧げたい。皆さま、オールアップ、お疲れ様でした。


今日は朝イチでJRの踏切を渡り、普段はあまり通らない総持寺の裏を抜け、郵便局の混雑を眺めながら、市立庄栄小学校に隣接された庄栄図書館に踏み入った。小説やエッセイ、児童書の類はそれなりに所蔵してあるが、それ以外はもう少し先の中央図書館に出向いた方がいい。

新刊の傾向もあちらの方が好みだが、今日は休館日。仕方がないというか、少し目先を変えて文庫本でも手に取ってみようかとこちらに来てみた。こちらもピンとこなければ、市役所の方へ赴いて、中条図書館にでも行ってみるさ。

この数日、息子たちの周辺で話題に上がっているらしい、芥川龍之介の『河童』でも久しぶりに読んでみようか。他館で借りていた本を返却し、悠々と手ぶらで新刊のコーナーを眺め、返って来た本のコーナーもチラリと目で追う。たまに素晴らしい偶然もあったりするが、今日はどちらもピンとくる出会いがない。さっさと文庫本の棚に足を向ける。

「あ」の棚を目指して、「わ」の棚から逆に動いていると、ポケットのスマホが低い唸りを上げて震え始めた。消音モードのバイブレーションだけでも、静かな図書館では周りからの視線が集まってくる。

サッと画面を見ると、史穂さんからの電話。バイブレーションを止め、一度ロビーへ出ると呼び出しが途絶えてしまった。電話を起動して、こちらから折り返す。相手はすぐに出てくれた。

「ああ、お父さんすみません」

「いえいえ。どうされました?」

「本っ当に申し訳ないんですけど、テディの定期検診をお願いできないかと思いまして」

電話口の向こうで、縮こまって話している姿が想像できる。愛犬の定期検診が先に入っていたのに、どうしても外せない急用が今日の今日で入ってしまい、そちらに行かざるを得ないという。

「当日のキャンセルになってしまうと、次の予約が大分先になってしまうので……」

非常に申し訳なさそうな声が聞こえてくる。その電話をすぐそばで聞いていそうなあのコーギー、テディの姿も思い描ける。まぁ、アレなら意思疎通できるだろう。

「いいですよ。どちらで預かりましょう?」

「ありがとうございます。そしたら……」

史穂さんは阪急茨木市駅ではどうかというので、二つ返事で承諾する。本を借りてから向かっても間に合うだろう。落ち合う時間と駅までの道のりを頭の中で練り上げる。

「じゃあ、後ほど」

「すみませんが、よろしくお願いします」

史穂さんとの電話を終え、サッと「あ」の棚から芥川龍之介の『河童・或阿呆の一生』を拾い上げ、近くにあった他の文庫本も2、3冊、気になった題名の書籍を借りてみる。

図書館の外に向かいながら、貸し出しの処理を終えた本を手提げカバンに仕舞う。庄栄小学校を避けながら住宅街を進み、安威川にかかる千歳橋の方へ向かった。

途中、大きな荷物を持ってJR総持寺駅の方へ向かう浪川さんとすれ違った。「おはようございます」と挨拶を交わす時間しかなかったが、思わぬところで知人と出会った偶然に、なんだかとても胸が弾んだ。今日はきっと、いい日になる。目の前を駆け抜けていった阪急電車に、そんな想いを投げてみた。

仮面ライター

仮面ライターこと、長谷川雄治のお送りする文芸系コンテンツのまとめ先兼出張所。 その他のコンテンツ、サービス等は下記のサイトへ。 https://kamenwriter.com

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